五次元と探している絵本のこと
リサ・ランドール 異次元への招待、という番組をyoutubeで観た。
以前人に、宇宙の外に五次元があるかもしれないんだって、という話を聞いたが、まさにその理論を提唱したのがランドール博士ということだ。
物理学についてはずぶの素人なのでどうこう言えないが、重力が弱すぎるのは何故か? という観点から出発したらしい。実感のまるで無いこと(専門家にとっての実感はあるかもしれないが)だったから面白かった。磁石がクリップを持ち上げてしまうということは、磁石一個が地球全体の重力に打ち勝ってしまうということなのだ。そうやって説明されると、素直に肯いてしまうが、それはそれでいかがなものか。
小さい頃図書館で読んだ絵本は、擬似・二次元世界を、紙の上に再現したものだった。
紙の上にはりついた棒人間たちが「もうひとつの世界には、円にも三角にも見えるものがあるんだって」「想像できない。円は円、三角は三角でしょ?」……といった会話を交わしているのを見ながら、二次元世界の住人たちには三次元なんて分かりっこないんだなー、じゃあ四次元が何か私が納得できないのも当たり前だ……とか、紙は二次元(平面)のようだけど、実は三次元(立体)じゃないか……とか、幼いなりにインスピレーションを刺激された。後者はイリュージョニズムに関わる問題でもある。
あの絵本をもう一度見てみたいのだが、ネットで探しても出てこない。
以前人に、宇宙の外に五次元があるかもしれないんだって、という話を聞いたが、まさにその理論を提唱したのがランドール博士ということだ。
物理学についてはずぶの素人なのでどうこう言えないが、重力が弱すぎるのは何故か? という観点から出発したらしい。実感のまるで無いこと(専門家にとっての実感はあるかもしれないが)だったから面白かった。磁石がクリップを持ち上げてしまうということは、磁石一個が地球全体の重力に打ち勝ってしまうということなのだ。そうやって説明されると、素直に肯いてしまうが、それはそれでいかがなものか。
小さい頃図書館で読んだ絵本は、擬似・二次元世界を、紙の上に再現したものだった。
紙の上にはりついた棒人間たちが「もうひとつの世界には、円にも三角にも見えるものがあるんだって」「想像できない。円は円、三角は三角でしょ?」……といった会話を交わしているのを見ながら、二次元世界の住人たちには三次元なんて分かりっこないんだなー、じゃあ四次元が何か私が納得できないのも当たり前だ……とか、紙は二次元(平面)のようだけど、実は三次元(立体)じゃないか……とか、幼いなりにインスピレーションを刺激された。後者はイリュージョニズムに関わる問題でもある。
あの絵本をもう一度見てみたいのだが、ネットで探しても出てこない。
日本と世界の美術館来館者の数
フリーペーパーにも載っていた気がする「2007年度世界の展覧会入場者数ランキング」だが、ネットでは参考になるソースが見当たらなかった。とりあえず覚えているのは、東博のダヴィンチ展が一位だったこと、そしてダヴィンチを含め、ベスト5のうち3つは日本の展覧会だったことである。
ウフィツィ美術館蔵《受胎告知》が来日したダヴィンチ展は、『美術の窓』の記事によると(私はネットを介して孫引きしているだけだが)、およそ79万6千人の入場者を集めている。東博の18年度実績報告書によれば、目標は50万人で、数字の上では意外と初めから張り込んでいたんだな、と思ってしまった。しかし当然ながら、国内の美術展としては桁違いの入場者数だ(今年春の東京都現代美術館「川俣正[通路]」展の入場者数は2ヶ月で2万人ほど)。
ところで、同じ実績報告書によると(06年4月から07年3月の実績報告書だから、ダヴィンチ展開始直後までの数値だが)特別展総入場者数は112万人だ。目標の40万人を超えている。この期間は、若冲展や仏像展などもかなり話題になった。若冲展は目標の三倍の31万人を集め、仏像展も目標の二倍の33万人を集めたという。私はどちらにも行っていない。常設展入場者数を加味すればもう少し数は伸びるだろう。
このような高記録を見ていると、世界入場者数ランキングで日本がトップに立つのも分かるような気がするが……私はルーヴルとオルセーに行った際のあの殺人的な混雑ぶりを思い出して、もう一調べ。
すると、2007年のルーヴル美術館来館者数は約850万人。オルセーは年間およそ300万人を集めているという。両方とも美術館関係のコラム(後者は金沢21世紀美術館との比較、金沢は開館から2年で300万人を突破したそうだ)がソースであるから、確実な数値ではない。
けれども、もうここで問いをすっ飛ばす勢いで答えが分かってしまう。
「なぜ、展覧会入場者数は日本が圧勝なのに、総入館者数では大負けなのか」疑問に感じるよりも早く「ああ、つまり日本の場合、企画展には人が殺到する一方で、常設に魅力が全然無く、さびれているのだな」と理解する。
私のなまくらな目から見ても、東博の常設は素晴らしい。きっと多くの人にとって興味深いはずで、魅力が無いなんてことは絶対無い。しかし、それが伝わっていないのか、それとも日本固有の展覧会発展史の特色のあらわれか(ヨーロッパには宮殿が開放され美術館になったという歴史的転換があるが、日本の美術展は、デパートでの展示販売にけっこう根拠を持っているそう)。
確かに中学生の頃、わざわざ常設を見るためだけに美術館に行くなんて発想は無かった。今でも行動パターンは同じだ。大体の場合、目ぼしい展覧会を見つけてから、「あそこの常設ご無沙汰だったな……」と初めて自覚する。
もっと投資しろとか、良い作品を買いまくれということではない。どの美術館も、学芸員の選んだ世界で唯一の常設展示をしているわけだ。自分の経験からすると、地元の、あるいは地元に携わる人のボランティア活動が最も常設展示のアピールに効くんじゃないだろうか。
ちなみに東博には学生の解説ボランティアが派遣されている。日本・東洋美術史専攻の真骨頂だ。少なくとも、今の私では務まりそうもない。
ウフィツィ美術館蔵《受胎告知》が来日したダヴィンチ展は、『美術の窓』の記事によると(私はネットを介して孫引きしているだけだが)、およそ79万6千人の入場者を集めている。東博の18年度実績報告書によれば、目標は50万人で、数字の上では意外と初めから張り込んでいたんだな、と思ってしまった。しかし当然ながら、国内の美術展としては桁違いの入場者数だ(今年春の東京都現代美術館「川俣正[通路]」展の入場者数は2ヶ月で2万人ほど)。
ところで、同じ実績報告書によると(06年4月から07年3月の実績報告書だから、ダヴィンチ展開始直後までの数値だが)特別展総入場者数は112万人だ。目標の40万人を超えている。この期間は、若冲展や仏像展などもかなり話題になった。若冲展は目標の三倍の31万人を集め、仏像展も目標の二倍の33万人を集めたという。私はどちらにも行っていない。常設展入場者数を加味すればもう少し数は伸びるだろう。
このような高記録を見ていると、世界入場者数ランキングで日本がトップに立つのも分かるような気がするが……私はルーヴルとオルセーに行った際のあの殺人的な混雑ぶりを思い出して、もう一調べ。
すると、2007年のルーヴル美術館来館者数は約850万人。オルセーは年間およそ300万人を集めているという。両方とも美術館関係のコラム(後者は金沢21世紀美術館との比較、金沢は開館から2年で300万人を突破したそうだ)がソースであるから、確実な数値ではない。
けれども、もうここで問いをすっ飛ばす勢いで答えが分かってしまう。
「なぜ、展覧会入場者数は日本が圧勝なのに、総入館者数では大負けなのか」疑問に感じるよりも早く「ああ、つまり日本の場合、企画展には人が殺到する一方で、常設に魅力が全然無く、さびれているのだな」と理解する。
私のなまくらな目から見ても、東博の常設は素晴らしい。きっと多くの人にとって興味深いはずで、魅力が無いなんてことは絶対無い。しかし、それが伝わっていないのか、それとも日本固有の展覧会発展史の特色のあらわれか(ヨーロッパには宮殿が開放され美術館になったという歴史的転換があるが、日本の美術展は、デパートでの展示販売にけっこう根拠を持っているそう)。
確かに中学生の頃、わざわざ常設を見るためだけに美術館に行くなんて発想は無かった。今でも行動パターンは同じだ。大体の場合、目ぼしい展覧会を見つけてから、「あそこの常設ご無沙汰だったな……」と初めて自覚する。
もっと投資しろとか、良い作品を買いまくれということではない。どの美術館も、学芸員の選んだ世界で唯一の常設展示をしているわけだ。自分の経験からすると、地元の、あるいは地元に携わる人のボランティア活動が最も常設展示のアピールに効くんじゃないだろうか。
ちなみに東博には学生の解説ボランティアが派遣されている。日本・東洋美術史専攻の真骨頂だ。少なくとも、今の私では務まりそうもない。
草間彌生とジョゼフ・コーネル
BTのバックナンバーを見ていたら、草間彌生のジョゼフ・コーネルにまつわる手記が載っていた。内容も語り口もまるでおしゃれな翻訳エッセーのようだった。
コーネルは、古びた小さな箱に、ボールやグラス、美しいコラージュを詰めた詩的な作品を作った。川村記念美術館でまとまった所蔵作品を見ることが出来る。
画廊の女性オーナーに連れられ、とびきり良い着物を着てコーネルの家を訪れたのが初めだったという。コーネルのアトリエの壁際には、天井に届くほどの棚があり、沢山の箱があって貝殻や釘、ガラス、古雑誌の切り抜きなど、分類ごとに名前が書き殴られている。全て、時期が来れば作品に納まるものだ。出会いの翌日にはコーネルは草間に大量の手紙を送り始め、じきに二人はパートナーになるのだが、コーネルはいつも袋を持ち歩き、古釘や石など落ちているものは何でも拾うので、乞食を連れているようだったと草間は回想していた。コーネルは当時から人前に姿を見せずミステリアスだと噂されていたが、実際は母と弟の世話のために家を離れられなかっただけなのだという。
川村では青い箱を見た。白塗りのボールが三個、レールの上に乗っている。これ、動かすものなんじゃないかなあ、と思っていたけれど、やっぱりそうだった。その時は、コーネルが草間に熱烈な愛情を捧げていたなんて知らなかった。
会いたいと懇願され、当時ひっぱりだこで忙しかった草間が「ダリはロールスロイスで迎えに来てくれた。貴方も誠意を見せて」と返したらすぐにベンツをよこしたとか、晩年きみの写真を作品にしたいと言って写真を送るよう何度も連絡が来たとか、もっと赤裸々な話もいくつか書いている。
きみが舞い戻ってきたら紐で繋ぐのに、という愚直な詩には、蝶を紐でゆわえた絵を付けた。
草間の語ることが全部真実とは限らない。だがそのあたりを差し引いても、箱のなかの小さな世界にあまりにぴったりとはまる、絵に描いたような「孤独な美術家」だった。
コーネルは、古びた小さな箱に、ボールやグラス、美しいコラージュを詰めた詩的な作品を作った。川村記念美術館でまとまった所蔵作品を見ることが出来る。
画廊の女性オーナーに連れられ、とびきり良い着物を着てコーネルの家を訪れたのが初めだったという。コーネルのアトリエの壁際には、天井に届くほどの棚があり、沢山の箱があって貝殻や釘、ガラス、古雑誌の切り抜きなど、分類ごとに名前が書き殴られている。全て、時期が来れば作品に納まるものだ。出会いの翌日にはコーネルは草間に大量の手紙を送り始め、じきに二人はパートナーになるのだが、コーネルはいつも袋を持ち歩き、古釘や石など落ちているものは何でも拾うので、乞食を連れているようだったと草間は回想していた。コーネルは当時から人前に姿を見せずミステリアスだと噂されていたが、実際は母と弟の世話のために家を離れられなかっただけなのだという。
川村では青い箱を見た。白塗りのボールが三個、レールの上に乗っている。これ、動かすものなんじゃないかなあ、と思っていたけれど、やっぱりそうだった。その時は、コーネルが草間に熱烈な愛情を捧げていたなんて知らなかった。
会いたいと懇願され、当時ひっぱりだこで忙しかった草間が「ダリはロールスロイスで迎えに来てくれた。貴方も誠意を見せて」と返したらすぐにベンツをよこしたとか、晩年きみの写真を作品にしたいと言って写真を送るよう何度も連絡が来たとか、もっと赤裸々な話もいくつか書いている。
きみが舞い戻ってきたら紐で繋ぐのに、という愚直な詩には、蝶を紐でゆわえた絵を付けた。
草間の語ることが全部真実とは限らない。だがそのあたりを差し引いても、箱のなかの小さな世界にあまりにぴったりとはまる、絵に描いたような「孤独な美術家」だった。
『THE END OF EVANGELION Air/まごころを、君に』
DVDで二度観たけれども、二度目は、アスカ串刺しの場面が怖くて目を瞑ってしまった。



