美術館・画廊・書籍メモ

行ってきた展覧会・読んだ本などの記録です。気が向いた時、気が向いた分書いています。 同じ展覧会に行った方、そうでない方も、お気軽にコメント・トラックバックしてください。

ティエリー・ド・デューヴ『芸術の名において』

 どのような批評にも学ぶべきところはある。どんな人の書く文章でも、かれが誠実に書いている限りにおいて(すくなくとも私にとっては)砂金のひとつぶ以上の価値がある。
 しかし、この事実とは反対に、ごくまれにしか出会うことのできない、ぞくぞくするような批評というのがある。
 ティエリー・ド・デューヴの書くものがまさにそれなのだ。

 ド・デューヴは終始、火星人……否、「あなた」に対して語りかけている。
 人間のこつこつ生み出してきた芸術の定義や範疇を、(火星)人類学者である「あなた」の明晰な頭脳が解き明かそうとする。が、一筋縄ではいかない。「あなた」は学者をやめ、理論を捨て、土着の、ひとりの愛好家となる。しかし「あなた」は歩みを止めない。
 ついに辿り着いた肩書は考古学者であった。「あなた」は言う。
 ――芸術はかつて固有名であった。

 ド・デューヴは、1944年、ベルギー生まれの美術批評家である。
『芸術の名において』では、二十世紀の美術(=モダニズム)の思想的戦略をがっちりと概観できる。ただ、高度に知的で隙が見えてこない文章なので、一度では惑わされて終わるだろう。というか、私も目下路頭に迷っている。
 解決を探して暗い道を歩き回っているさなかでも、困ったことに、ぞくぞくしてたまらないのだ……これが。

『芸術ウソつかない』 横尾忠則著

2001年、平凡社発行の、横尾忠則の対談集。
現在は絶版となっているようです。

何を隠そう、わたくし、横尾さん大好きなんです。

あの、禍々しい、パワー……!
そこらの露悪趣味や小手先の表現では到底真似できない、恐ろしい引力は、そのまま彼という人間を浮彫りにしている気がします。
あんな構図とモチーフ吊り下げて、あんなどぎつい色塗って、成り立つアーティストは他には居ないでしょう。


収録されている対談者は以下の通り。
篠山紀信/瀬戸内寂聴/鶴見俊輔/中沢新一/引田天功/ビートたけし/福田和也/細野晴臣/増田明美/三宅一生/吉本ばなな/横尾美美

このうち

篠山紀信(写真家)
引田天功(マジシャン)
ビートたけし(コメディアン・映画監督)
増田明美(元マラソン選手)
横尾美美(アーティスト・横尾忠則の娘)

あたりを楽しみにしていたのですが、読んでみるとどれも面白かったです。精神科医との対談もなかなか。


横尾さんは魂とか霊の話がお好きで、よく引き合いに出されます。
しかし、彼の持論の核は決してオカルトではありません。

横尾さんの主張は、肉体無くして芸術は生まれない、この一点に尽きます。
そしてそれはそのまま、私の心にひっかかっていた、芸術性に関わる最大の争点でもあります。

頭だけで考えた論理の、なんと空々しいことか。
身体性を欠いた芸術の、なんと間抜けなことか。

「その」コンセプチュアル・アート、面白いですか?
もしもあなたの造るものが言葉で説明して済むだけのものなら、キャプションと解説だけ貼っておけばいい。そこに、何の美も醜も無いのなら。
美術という肩書きだけならば、確かに、題をつけたり、美術館や画廊においたりという行為のみで獲得できるでしょう。
しかしそれでもたぶん、言葉にならないものを孕むからこそ、アートはアートなのです。

「ピカソは20世紀の遺物である」
横尾忠則ははっきりと断じています。
私はといえば……そう言い切れるほどピカソを理解できていませんし、単に頭で描いているものとは思えない。好きな作品も数点あります。
ただ、ピカソの絵の肌触りが、横尾忠則にちっとも通じないということは、よく解ります。
いや、横尾さんにとっては、肌触りすらないのかも。

『美術の解剖学講義』 森村泰昌著

面白いアーティストのこねる芸術論は、やっぱり面白い。
……と、いうのは定説ですが。

森村さんに関しては、面白い面白くない以前に、あんまり先入観が無いんです。
恥ずかしながら、あまり彼を扱った批評を読んだことが無かったから。知っていたのも、ハリウッド女優のシリーズや、セザンヌなどの名画シリーズ程度。実物をきちんと見た数は10に満たない。

で、この本。
『美術の解剖学講義』 森村泰昌

ものの数時間でさらっと読めてしまいます。文庫にもなっているみたい。

先程「アーティストの芸術論」と書きましたが、実際にアーティストの書くものは、大体が論というより主張です。
しかし、平凡だったり、時に突飛だったりする彼らの主張が、何故かすんなりと体に入ってくる。彼らが、いい意味で知識に毒されず、経験寄りに言葉を発するからでしょう。

手を動かしてつきとめた言葉は、頭で理解せずとも、体から伝わってきます。
こういう考え方はある時期からブームになりましたし、使い古されてきた頃だなぁとは思いますが。それでも頭でっかちな環境に慣れ、自分の手足で考えることを忘れた人、周囲に沢山居ます。
私も。忘れなければ、いいのですが、たまに、忘れてます。
ひと呼吸置くために、アーティストの言葉を聴くのも良いかもしれませんね。

『セザンヌとゾラ その芸術と友情』 新関公子著

集中講義が始まりました。
バイトもしてないのに、そんなこんなで八月は結構忙しいです。

今日のテーマはこれ。
『セザンヌとゾラ その芸術と友情』 新関公子著

私が印象派の勉強をしてみようと思ったのは、ひとえに「多くの日本人が印象派好きである」から、でした。日本を基点に思考展開している以上、同じ日本人が印象派大好き!な理由をある程度分かっておきたいと考えたんです。

そして、印象派の系譜から現れるセザンヌの存在は、私にとってなかなか理解し難いものでした。
ルノワール、モネの明るく華やかな色遣いは、いかにも日本人好みの「印象派」に違いありません。ピサロの温かみのある画風が受けるのは分かります。マネ・ドガはそもそも、他でもない私が好きな二人。
スーラ・ゴッホ・ゴーギャンも、分かる。彼らは少なくとも、明るい色彩を持っています。

しかしセザンヌは、暗く重い。
こってりと執拗な絵具の様子も、あの白いクロスの暗示的な皺も、物語的なテーマの分かり辛さも、とにかく暗い。
物質を自律的に再構築した、キュビズムの父、という手垢のついた評価も、実際彼の絵を前にした時、その感想を何ら肯定的にするものではありません。
私個人が必ずしも暗い絵が嫌いというわけではないのですが、なぜ印象派から彼が? という謎と、なぜ日本人に支持されるのだろう? という謎は長らく拭えませんでした。


さて。

この本の肝は、ゾラの書いた『作品(制作)』という小説を原因に二人が決別した、という、リウォルド以来の定説を否定し、セザンヌとゾラ、二人の友情は終生途絶えなかったとすること。
セザンヌはゾラをその慧眼で支え、ゾラはセザンヌを経済的にも精神的にも支えてきたと新関氏はいいます。

書簡の細かな言葉を再解釈してみせる手口や、ゾラが「30年ぶりに声を上げた」と自称した批評の背後にセザンヌを見るやり方は、一見真実らしく、ロマンが感じられます。
しかし、やや強引に「〜ではないだろうか。」「〜に違いない。」と言い切るばかりの文章が、確かな裏づけとなっているとは言い難い気もします。
むしろ、セザンヌとゾラの不和の原因を少女ジャンヌに求める尤もらしい議論を展開しながら、その後にヴォラールの言葉をとりあげ、彼の絶望的な言葉の裏をかきたがることは、自己矛盾の感すらあります。

「作品や書簡といった事実を読み取ることを重視した結果、セザンヌに関する著名論文の数々を読む余裕が無かった」と新関先生は述べています。私もまた先生の記述のみで、このような感想を書いていますので、明確な反論などできようもないのですが。

私にとっては、本の前半、印象派とセザンヌの歴史を、当時のゾラの批評を交えて紹介している部分が非常に役に立ちました。
印象派の面々による共同出資会社の成り立ちの説明や、サロンの古典派に対するゾラの酷評からは、印象派がどのように成長し、どのような立場を得ていたかが、よく理解できます。
それにしても、ウィットに富み説得力のあるゾラの美術批評(新関先生は、そこにセザンヌの目が感じられるといいます)には、舌を巻くばかりです。

またこの本の最終章では、ガイストの怪しすぎる提唱に基づいた暗喩的形状の発見と解釈のほかに、セザンヌ=ジャポニザンとする、浮世絵と比較しての論考が展開します。
セザンヌがジャポニズムの波を免れなかっただろうことには賛同しますが、もろに影響を受けて引用しているのだとまで言ってしまうのは、やっぱりロマンティック過ぎる気がします。それこそ実際の絵を見ても、セザンヌが浮世絵や水墨画の逆輸入だから好まれたのだ、というようには納得できない。

私としては、結局「日本人のセザンヌ好き」に対する答えは出ませんでした。そもそも、印象派っていうカテゴリーの系列だからもてはやされているだけなのかな。
でも、セザンヌ好きですよ。まだまだ考えなくてはならない相手だと思ってます。


新関先生、教えてもらったことがあります。
カタログくれたり、レセプションの招待券くれたり、おちゃめで若々しくて、とっても良い先生です。
横浜美術館のダリの大作を買ってくだすったのが彼女だと知った時は、感激のあまり踊りだしそうでした。

Top

HOME

ユコ

Author:ユコ
芸術学科所属、
日本美術史を専攻します。

この人とブロともになる

ブログランキングへのリンクです。応援よろしくお願いします



今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ