「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展 パネルディスカッション「クロストーク2007」
2004年。森美術館が開館の年に仕掛けた、「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」展。
若手現代美術作家の紹介ということで、57組のクリエイターが六本木に集結しました。
2007年、今回は二度目。トリエンナーレとしてはまだまだ駆け出しです。
森美術館はこの三年で、現代美術を扱う美術館として相当に希少かつ固有の地位を獲得しました。その期間中ずっと温められてきた試みですから、見逃せないわけです。
で。
六本木ヒルズには行ったのに「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展は、未見です。
今回は、この企画に関連して行われたパブリックプログラム「クロストーク2007」に行ってきました。
パネラーは、今回キュレーションを担当した以下四名。
荒木夏実(森美術館キュレーター)天野一夫(美術評論家・京都造形芸術大学教授)佐藤直樹(ASYLアートディレクター)椹木野衣(美術評論家)です。
私のお目当ては椹木野衣さん。『爆心地の美術』を読んで、どんな方なのか非常に興味がありました。
プレゼンテーションとディスカッションを聴いての感想。
四人の経験と人脈(というより「過去に一緒に仕事をした」人々)から生まれた、それぞれの『クロッシング』を巧妙にミックス(あるいは、これもまたクロッシング)している。
展覧会というからには、作品やアーティストの配置による一本道があるわけですが、そこにテーマや縛りを設けるのではなく、様々な視点の提示を導線で魅せているのだと言えます。
それは、大上段で掲げる文言としては素敵なことです。
しかし、実態として、各人が持っているはずの『クロッシング』観がコミュニケートせず、実にあいまいに散逸しているのが、ちょっと気にかかってしまいました。
「魅せ方」であるキュレーション自体はきっと良いのです。これだけの実力者揃いで悪いはずがない。歩く度わくわくするような展覧会に仕上がっていることでしょう。
ただし、互いの思想的な部分について、我関せずというか「皆違って皆良い」的な会話の仕方をしている四人を見ると、いったい深く突っ込む時間が取れていたのか、疑問です。
アーティストのチョイスについて、ぱきっと明確な語り口を持っていたのはやはり椹木さん。
榎忠、吉村芳生、名和晃平、関口敦仁。各人について、今引っ張ってくるべき理由を彼らしい一貫した視点で説明していました。彼の発言の核は「日本の現代アートに文脈などない」ということでしたが、だからといって言葉を投げ出してしまわず、現状から受け止めていく姿勢に好感を持ちました。
対照的に、少しキャパシティーの浅い選択に見えたのは荒木さん。
ペンキ絵師の丸山清人、人形作家で状況劇場の女形でもあった四谷シモン、今回小説をインスタレーションに還元した眞島竜男など、どのアーティストもクロッシングという単語にはかっちり填まっています。
ただ、彼らは孤島のようにあるだけで、鑑賞者や場所に対する存在感、クロッシングの意識はあっても、作品同士の磁場が生まれていない。そこに荒木さん固有の基盤がもう少し絡んでほしかったな。
アーティストの選択という意味では相当面白く、私にとっても見たかった・見たいと思わされる人たちですので、結局は無条件に楽しみです。
アーティストとキュレーター、クロッシング展と自分、自分と他者、たくさんの関係にどのようなクロスが生まれるか、期待しています。
『「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展』
会場: 森美術館
スケジュール: 2007年10月13日 〜 2008年01月14日
12月25日(火)、1月1日(火)は22:00まで
住所: 〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
電話: 03-5777-8600
若手現代美術作家の紹介ということで、57組のクリエイターが六本木に集結しました。
2007年、今回は二度目。トリエンナーレとしてはまだまだ駆け出しです。
森美術館はこの三年で、現代美術を扱う美術館として相当に希少かつ固有の地位を獲得しました。その期間中ずっと温められてきた試みですから、見逃せないわけです。
で。
六本木ヒルズには行ったのに「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展は、未見です。
今回は、この企画に関連して行われたパブリックプログラム「クロストーク2007」に行ってきました。
パネラーは、今回キュレーションを担当した以下四名。
荒木夏実(森美術館キュレーター)天野一夫(美術評論家・京都造形芸術大学教授)佐藤直樹(ASYLアートディレクター)椹木野衣(美術評論家)です。
私のお目当ては椹木野衣さん。『爆心地の美術』を読んで、どんな方なのか非常に興味がありました。
プレゼンテーションとディスカッションを聴いての感想。
四人の経験と人脈(というより「過去に一緒に仕事をした」人々)から生まれた、それぞれの『クロッシング』を巧妙にミックス(あるいは、これもまたクロッシング)している。
展覧会というからには、作品やアーティストの配置による一本道があるわけですが、そこにテーマや縛りを設けるのではなく、様々な視点の提示を導線で魅せているのだと言えます。
それは、大上段で掲げる文言としては素敵なことです。
しかし、実態として、各人が持っているはずの『クロッシング』観がコミュニケートせず、実にあいまいに散逸しているのが、ちょっと気にかかってしまいました。
「魅せ方」であるキュレーション自体はきっと良いのです。これだけの実力者揃いで悪いはずがない。歩く度わくわくするような展覧会に仕上がっていることでしょう。
ただし、互いの思想的な部分について、我関せずというか「皆違って皆良い」的な会話の仕方をしている四人を見ると、いったい深く突っ込む時間が取れていたのか、疑問です。
アーティストのチョイスについて、ぱきっと明確な語り口を持っていたのはやはり椹木さん。
榎忠、吉村芳生、名和晃平、関口敦仁。各人について、今引っ張ってくるべき理由を彼らしい一貫した視点で説明していました。彼の発言の核は「日本の現代アートに文脈などない」ということでしたが、だからといって言葉を投げ出してしまわず、現状から受け止めていく姿勢に好感を持ちました。
対照的に、少しキャパシティーの浅い選択に見えたのは荒木さん。
ペンキ絵師の丸山清人、人形作家で状況劇場の女形でもあった四谷シモン、今回小説をインスタレーションに還元した眞島竜男など、どのアーティストもクロッシングという単語にはかっちり填まっています。
ただ、彼らは孤島のようにあるだけで、鑑賞者や場所に対する存在感、クロッシングの意識はあっても、作品同士の磁場が生まれていない。そこに荒木さん固有の基盤がもう少し絡んでほしかったな。
アーティストの選択という意味では相当面白く、私にとっても見たかった・見たいと思わされる人たちですので、結局は無条件に楽しみです。
アーティストとキュレーター、クロッシング展と自分、自分と他者、たくさんの関係にどのようなクロスが生まれるか、期待しています。
『「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展』
会場: 森美術館
スケジュール: 2007年10月13日 〜 2008年01月14日
12月25日(火)、1月1日(火)は22:00まで
住所: 〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
電話: 03-5777-8600
「ムンク展」

エドヴァルド=ムンク(1863-1944)。
あの《叫び》の表情より他に彼のことを知らなかった私が、行ってきました「ムンク展」。
今回の展覧会は、ムンク美術館の全面的な協力のもと、ムンクの構想した『絵画によるフリーズ』をテーマとして開催されています。
フリーズとは、建築などに施された横一列の帯状の装飾(浮き彫り)のこと。
ムンクはアトリエで、自らの絵を一本の帯状にぐるりと並べ、絵と絵の生み出す新たなリズムと意味、そして絵画のある『場』の意味を模索してゆきました。
全七章の展示のうち、もっとも面白かったのは、やはり第一章「生命のフリーズ」。
来日した限りの作品によって『芸術の礼拝堂』を志向するフリーズが再現されています。
……と、書いてしまいましたが、実際に真似ているのは配列のみ。作品同士きっちりと間隔を保ち、鑑賞者の見易い高さを保ち、キャプションを挟み込んだ従来の展示方法は全くそのままです。
絵が隙間無く並べられ、フリーズ部分以外の壁全面にまで注意が配られたアトリエの写真を見、また作品一点一点を見て、想像を膨らませました。
ムンクの色遣いや筆触は何通りかあるように思いましたが、塗りこめたようにこってりした質感の作品が一番好きです。
クレヨンで書いた線が水彩から浮き出してしまうように、どんなに隠そうとしても現れてしまう情念のような、女の髪。
ムンク(が投影された男性像)のそばにまとわりついて離れない血の赤。それは時に花の姿をしたり、女の姿をしたりして、彼に絡みつきます。
眼の無い顔。あるいは眼を、恐ろしいほど剥いた顔。彼の絵にありきたりな眼は、存在していません。
なんて、こんな風に不安や愛憎のイメージばかり読み取ってしまう私は、イメージ操作され過ぎているのかもしれません。
しかしながら、いくら明るい色調や装飾性を書きたてようとも、ムンクの絵につきまとうものは明らかに不安の空気。
どの絵の中でも、ムンクがかすかに息をしていました。群衆・愛人・死んだ姉・マドンナ。マドンナといえば、版画は良かったな。《マドンナ》の左下の、飢えた胎児の姿は何を表すんだろ。
それと面白かったのは、時折みられる漫画チックな表現方法。
人物の空想を表すとして、手前にこちらを向く首を、その背後に情景を描く方法であったり、太陽の光の拡散を、点の放射で表したり(それ自体はよく見られる手法ですが、ムンクの太陽はどことなく漫画のようだった)。
有名な《嫉妬》も、前者の方法で描かれています。
画面下部、首だけの青ざめた男は恐らくムンクの友人で、その友人の脳裏には、ある鮮やかな光景――彼の妻とムンクの密通の光景が焼きついているよう。
いったい、どんな経緯がムンクにこの絵を描かせたのでしょうか。
会場のどの絵にも、ムンクの息が背を撫ぜる感覚があります。
でも、絵を描くムンクの心境へは、なかなか辿りつき難いのです。
2008年1月6日まで。
『ムンク展』
会場: 国立西洋美術館
スケジュール: 2007年10月06日 〜 2008年01月06日
月曜休館(ただし、10月8日、12月24日は開館、10月9日(火)、12月25日(火)は休館)、年末年始休館 12月28日(金)〜1月1日(火)
住所: 〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
電話: 03-3828-5131 ファックス: 03-3828-5135
ブラヴィッシーモ
もう10月。いきなり寒くて、びっくり。
大学も始まりました。
9月末にTOEICが待ち構えていたので、夏休みの名残を惜しむこともできませんでした。
いきなりといえば、昨日は訳あって友人にTDSに連れていってもらいました。
ディズニーを訪れると、必ず甘酸っぱい気持ちになります。千葉育ちの私には、子供の頃の無邪気な幸福感が身に沁みすぎるんですよね……
壮大なスケールの裏のはりぼて感とか、ショーの演出の限界とか、大人になると色々なものが見えてしまいますが、私は多分ずっとずっとディズニーが好きだと思います。
大学も始まりました。
9月末にTOEICが待ち構えていたので、夏休みの名残を惜しむこともできませんでした。
いきなりといえば、昨日は訳あって友人にTDSに連れていってもらいました。
ディズニーを訪れると、必ず甘酸っぱい気持ちになります。千葉育ちの私には、子供の頃の無邪気な幸福感が身に沁みすぎるんですよね……
壮大なスケールの裏のはりぼて感とか、ショーの演出の限界とか、大人になると色々なものが見えてしまいますが、私は多分ずっとずっとディズニーが好きだと思います。



