ティエリー・ド・デューヴ『芸術の名において』
どのような批評にも学ぶべきところはある。どんな人の書く文章でも、かれが誠実に書いている限りにおいて(すくなくとも私にとっては)砂金のひとつぶ以上の価値がある。
しかし、この事実とは反対に、ごくまれにしか出会うことのできない、ぞくぞくするような批評というのがある。
ティエリー・ド・デューヴの書くものがまさにそれなのだ。
ド・デューヴは終始、火星人……否、「あなた」に対して語りかけている。
人間のこつこつ生み出してきた芸術の定義や範疇を、(火星)人類学者である「あなた」の明晰な頭脳が解き明かそうとする。が、一筋縄ではいかない。「あなた」は学者をやめ、理論を捨て、土着の、ひとりの愛好家となる。しかし「あなた」は歩みを止めない。
ついに辿り着いた肩書は考古学者であった。「あなた」は言う。
――芸術はかつて固有名であった。
ド・デューヴは、1944年、ベルギー生まれの美術批評家である。
『芸術の名において』では、二十世紀の美術(=モダニズム)の思想的戦略をがっちりと概観できる。ただ、高度に知的で隙が見えてこない文章なので、一度では惑わされて終わるだろう。というか、私も目下路頭に迷っている。
解決を探して暗い道を歩き回っているさなかでも、困ったことに、ぞくぞくしてたまらないのだ……これが。
しかし、この事実とは反対に、ごくまれにしか出会うことのできない、ぞくぞくするような批評というのがある。
ティエリー・ド・デューヴの書くものがまさにそれなのだ。
ド・デューヴは終始、火星人……否、「あなた」に対して語りかけている。
人間のこつこつ生み出してきた芸術の定義や範疇を、(火星)人類学者である「あなた」の明晰な頭脳が解き明かそうとする。が、一筋縄ではいかない。「あなた」は学者をやめ、理論を捨て、土着の、ひとりの愛好家となる。しかし「あなた」は歩みを止めない。
ついに辿り着いた肩書は考古学者であった。「あなた」は言う。
――芸術はかつて固有名であった。
ド・デューヴは、1944年、ベルギー生まれの美術批評家である。
『芸術の名において』では、二十世紀の美術(=モダニズム)の思想的戦略をがっちりと概観できる。ただ、高度に知的で隙が見えてこない文章なので、一度では惑わされて終わるだろう。というか、私も目下路頭に迷っている。
解決を探して暗い道を歩き回っているさなかでも、困ったことに、ぞくぞくしてたまらないのだ……これが。



