エリナ・ブロテルス批評・註釈
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(1) 三次元を二次元に落とし込むイリュージョンとしての伝統的な絵画存在と、そのために必要とされてきた芸術家の技術の必要性・優位性は、人間の眼と手を介さずこれと似た効果を実現できる写真の登場によって大きく揺るがされた。一方で、オリジナルを持たない写真という形態(ネガはひとつきりだが、最終的なかたちであるプリントは幾らでも複製され、どれがオリジナルだとはいえない)に対し、古来からの芸術作品の一回性(「いま」「ここ」にしかないこと)を「アウラ」と定義したヴァルター・ベンヤミンに始まり、絵画の性質や位置づけの再検討、画家自身の制作による問い直し(チャック・クロース、ゲルハルト・リヒターなど)といった多くの試みが為されている。重心の揺らぎや枠組みの解体に脅かされてなお、絵画はベーシックな作品形態として今日も存立しつづける。
(2) タブローとは、壁画に対する、板絵・カンヴァス画のこと。タブローの発展によって絵画は建築(場所)と絡み合ったあり方を脱却し、イメージによるタブローの占有=絵画の完全なる自律という発想が生まれて、絵画をめぐる思想は新たな段階へと至った。
(3) この課題を彼女に与えたのは、アイスランドで出会ったエッダ・ヨンスドッティール(Edda Jonsdottir)である。ヨンスドッティールはレイキャビクのガレリi8(i8 gallery)のオーナーであり、2000年、彼女のアイスランドでの初の個展をディレクションした。ただし「写真は新しい絵画である」という文字通りの主張は、ピクトリアリスム(19世紀におこった、写真によって絵画的表現を追求する形式)の盛衰にみるように写真の萌芽とほぼ同時におこっている。時代によって論拠が異なるにせよ、根の深い問題である。
(4) この点については国立新美術館編『「アーティスト・ファイル2008――現代の作家たち」展覧会カタログ』の本橋弥生「白い静寂を映す鏡」に詳しい。北方の雄大な自然をとらえた《Horizon 6 [地平線6]》(2000)と《Der Wanderer 3 [旅人3]》(2004)はドイツ・ロマン主義の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)、《Nu endormi[眠る裸婦]》(2003)は、イタリア・ルネサンスの大家ジョルジョーネ(1476/78-1510)の《眠れるヴィーナス》(1510)、《Femme a sa toilette[浴室の女性]》(2001)はドガ、ヴュイヤール、ボナールらに呼応すると述べられている。また、男女の水浴図はセザンヌ、ミニマルな画面を持つ地平線・水平線の連作はモンドリアン、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン(20世紀抽象表現主義前後の画家たち)を思い描いて撮られたという。
(5) これとは別に(ブロテルスの戦略であるかどうかは定かではないが)作品の額装が絵画本体を模しているように見える点が興味深い。写真は白塗りの厚い木製パネルに収められ、表面に張られたガラスとプリント本体の間には数センチの隔たりがある。壁に並ぶパネルは縁が白く残されたカンヴァスによく似ており、作品の豊かな表情がそのまま三次元の質量に転化する幻視を誘う。
(6) 荒れ=粒子(grain)はネガティヴにもポジティヴにも捉えられる。引き伸ばしの率に見合う大判カメラを選ぶ、粒子を増減するために現像の段階で手を加えるなど、この性質にまつわる様々な対応策や技法が存在する。なお、ブロテルスは制作において一貫して4×5インチのカメラ(大判カメラのスタンダード)を用いている。
(7) 露出の調整は光の操作であり、光は時代を問わず画家たちにとって重要な課題であった。当然ながらブロテルスはこの課題の解決をも目指している。「露出」ではなく「シャッタースピード」という切り口で作品を取り上げる偏ったやり方は、彼女の重層的な狙いのうち、やはり絵画的身体の獲得の側を語っているからに過ぎないことを明記しておきたい。
(8) 《階段を降りる裸体,No.2》は、マルセル・デュシャン(1887-1968)が1912年、キュビズムの手法を用いて描いた作品。人が階段を降りるさまを機械的に分解して提示し、運動と時間の絵画による分析を試みた。これをキュビズムからの逸脱だと攻撃されたデュシャンは翌年絵筆を捨てるに至り、代表作《泉》(1917)にみられる「レディ=メイド」の路線に転換した。
エリナ・ブロテルス(Elina Brotherus)│略歴
1972 ヘルシンキ(フィンランド)に生まれる
1997 ヘルシンキ大学大学院修了(分析化学)
1998 ヘルシンキ芸術デザイン大学卒業(写真専攻)
2000 ヘルシンキ芸術デザイン大学大学院修了(写真専攻)
現在、ヘルシンキとアヴァロン(フランス、ブルゴーニュ地方)に在住
1997-99 「少女が愛を語る」
1999 「フランス組曲」
2000-04 「ニュー・ペインティング」
2002- 「モデル・スタディー」
2007 「モデルによる習作:ダンサー」
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(1) 三次元を二次元に落とし込むイリュージョンとしての伝統的な絵画存在と、そのために必要とされてきた芸術家の技術の必要性・優位性は、人間の眼と手を介さずこれと似た効果を実現できる写真の登場によって大きく揺るがされた。一方で、オリジナルを持たない写真という形態(ネガはひとつきりだが、最終的なかたちであるプリントは幾らでも複製され、どれがオリジナルだとはいえない)に対し、古来からの芸術作品の一回性(「いま」「ここ」にしかないこと)を「アウラ」と定義したヴァルター・ベンヤミンに始まり、絵画の性質や位置づけの再検討、画家自身の制作による問い直し(チャック・クロース、ゲルハルト・リヒターなど)といった多くの試みが為されている。重心の揺らぎや枠組みの解体に脅かされてなお、絵画はベーシックな作品形態として今日も存立しつづける。
(2) タブローとは、壁画に対する、板絵・カンヴァス画のこと。タブローの発展によって絵画は建築(場所)と絡み合ったあり方を脱却し、イメージによるタブローの占有=絵画の完全なる自律という発想が生まれて、絵画をめぐる思想は新たな段階へと至った。
(3) この課題を彼女に与えたのは、アイスランドで出会ったエッダ・ヨンスドッティール(Edda Jonsdottir)である。ヨンスドッティールはレイキャビクのガレリi8(i8 gallery)のオーナーであり、2000年、彼女のアイスランドでの初の個展をディレクションした。ただし「写真は新しい絵画である」という文字通りの主張は、ピクトリアリスム(19世紀におこった、写真によって絵画的表現を追求する形式)の盛衰にみるように写真の萌芽とほぼ同時におこっている。時代によって論拠が異なるにせよ、根の深い問題である。
(4) この点については国立新美術館編『「アーティスト・ファイル2008――現代の作家たち」展覧会カタログ』の本橋弥生「白い静寂を映す鏡」に詳しい。北方の雄大な自然をとらえた《Horizon 6 [地平線6]》(2000)と《Der Wanderer 3 [旅人3]》(2004)はドイツ・ロマン主義の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)、《Nu endormi[眠る裸婦]》(2003)は、イタリア・ルネサンスの大家ジョルジョーネ(1476/78-1510)の《眠れるヴィーナス》(1510)、《Femme a sa toilette[浴室の女性]》(2001)はドガ、ヴュイヤール、ボナールらに呼応すると述べられている。また、男女の水浴図はセザンヌ、ミニマルな画面を持つ地平線・水平線の連作はモンドリアン、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン(20世紀抽象表現主義前後の画家たち)を思い描いて撮られたという。
(5) これとは別に(ブロテルスの戦略であるかどうかは定かではないが)作品の額装が絵画本体を模しているように見える点が興味深い。写真は白塗りの厚い木製パネルに収められ、表面に張られたガラスとプリント本体の間には数センチの隔たりがある。壁に並ぶパネルは縁が白く残されたカンヴァスによく似ており、作品の豊かな表情がそのまま三次元の質量に転化する幻視を誘う。
(6) 荒れ=粒子(grain)はネガティヴにもポジティヴにも捉えられる。引き伸ばしの率に見合う大判カメラを選ぶ、粒子を増減するために現像の段階で手を加えるなど、この性質にまつわる様々な対応策や技法が存在する。なお、ブロテルスは制作において一貫して4×5インチのカメラ(大判カメラのスタンダード)を用いている。
(7) 露出の調整は光の操作であり、光は時代を問わず画家たちにとって重要な課題であった。当然ながらブロテルスはこの課題の解決をも目指している。「露出」ではなく「シャッタースピード」という切り口で作品を取り上げる偏ったやり方は、彼女の重層的な狙いのうち、やはり絵画的身体の獲得の側を語っているからに過ぎないことを明記しておきたい。
(8) 《階段を降りる裸体,No.2》は、マルセル・デュシャン(1887-1968)が1912年、キュビズムの手法を用いて描いた作品。人が階段を降りるさまを機械的に分解して提示し、運動と時間の絵画による分析を試みた。これをキュビズムからの逸脱だと攻撃されたデュシャンは翌年絵筆を捨てるに至り、代表作《泉》(1917)にみられる「レディ=メイド」の路線に転換した。
エリナ・ブロテルス(Elina Brotherus)│略歴
1972 ヘルシンキ(フィンランド)に生まれる
1997 ヘルシンキ大学大学院修了(分析化学)
1998 ヘルシンキ芸術デザイン大学卒業(写真専攻)
2000 ヘルシンキ芸術デザイン大学大学院修了(写真専攻)
現在、ヘルシンキとアヴァロン(フランス、ブルゴーニュ地方)に在住
1997-99 「少女が愛を語る」
1999 「フランス組曲」
2000-04 「ニュー・ペインティング」
2002- 「モデル・スタディー」
2007 「モデルによる習作:ダンサー」
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