美術館・画廊・書籍メモ

行ってきた展覧会・読んだ本などの記録です。気が向いた時、気が向いた分書いています。 同じ展覧会に行った方、そうでない方も、お気軽にコメント・トラックバックしてください。

『芸術ウソつかない』 横尾忠則著

2001年、平凡社発行の、横尾忠則の対談集。
現在は絶版となっているようです。

何を隠そう、わたくし、横尾さん大好きなんです。

あの、禍々しい、パワー……!
そこらの露悪趣味や小手先の表現では到底真似できない、恐ろしい引力は、そのまま彼という人間を浮彫りにしている気がします。
あんな構図とモチーフ吊り下げて、あんなどぎつい色塗って、成り立つアーティストは他には居ないでしょう。


収録されている対談者は以下の通り。
篠山紀信/瀬戸内寂聴/鶴見俊輔/中沢新一/引田天功/ビートたけし/福田和也/細野晴臣/増田明美/三宅一生/吉本ばなな/横尾美美

このうち

篠山紀信(写真家)
引田天功(マジシャン)
ビートたけし(コメディアン・映画監督)
増田明美(元マラソン選手)
横尾美美(アーティスト・横尾忠則の娘)

あたりを楽しみにしていたのですが、読んでみるとどれも面白かったです。精神科医との対談もなかなか。


横尾さんは魂とか霊の話がお好きで、よく引き合いに出されます。
しかし、彼の持論の核は決してオカルトではありません。

横尾さんの主張は、肉体無くして芸術は生まれない、この一点に尽きます。
そしてそれはそのまま、私の心にひっかかっていた、芸術性に関わる最大の争点でもあります。

頭だけで考えた論理の、なんと空々しいことか。
身体性を欠いた芸術の、なんと間抜けなことか。

「その」コンセプチュアル・アート、面白いですか?
もしもあなたの造るものが言葉で説明して済むだけのものなら、キャプションと解説だけ貼っておけばいい。そこに、何の美も醜も無いのなら。
美術という肩書きだけならば、確かに、題をつけたり、美術館や画廊においたりという行為のみで獲得できるでしょう。
しかしそれでもたぶん、言葉にならないものを孕むからこそ、アートはアートなのです。

「ピカソは20世紀の遺物である」
横尾忠則ははっきりと断じています。
私はといえば……そう言い切れるほどピカソを理解できていませんし、単に頭で描いているものとは思えない。好きな作品も数点あります。
ただ、ピカソの絵の肌触りが、横尾忠則にちっとも通じないということは、よく解ります。
いや、横尾さんにとっては、肌触りすらないのかも。

« 藝に遊ぼ。|Top|「金刀比羅宮 書院の美」展 »

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://ykringringring.blog111.fc2.com/tb.php/7-f271e17b

横尾忠則

横尾忠則横尾忠則(よこおただのり、男性、1936年6月27日 - )は、兵庫県西脇市生まれの美術家、グラフィックデザイナー。神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。1980年7月にニューヨーク近代美術館にて開催されたパブロ・ピカソ|ピカ

Top

HOME

ユコ

Author:ユコ
芸術学科所属、
日本美術史を専攻します。

この人とブロともになる

ブログランキングへのリンクです。応援よろしくお願いします



今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ